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伝説の”レインボースーパーざかな”

好きな本や音楽のこと、日々の暮らしを気ままにつづる雑記ブログ。

【おススメの本】『独立国家のつくりかた』/坂口恭平 ~常識の盲点に切り込む!~

BOOKS

 

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

 

 

この世の中には、

間違いなく、

人と一風変わった考えを

持つ人がいる。

 

 

多彩な肩書を持つ、

坂口恭平さんもその一人だろう。

 

建築家、作家、絵描き・・・。

ぼくの中では、

かなりメジャーな人物なのだが、

みなさん的にはどうなのだろう?

 

matome.naver.jp

 

いつものNAVERまとめを

見ていただければわかるとおり、

かなりオモロイ人。

 

今は、

「小説家」に力を入れているようですね。

  

そして、

彼が広く知られることになったのが

この本である。

 

ちょっと前の本だけど、

いい本は、少しでも、

多くの人に読んでいただきたいので、

これからは、過去本もレビューしていきます。

 

ちなみに、

僕はこの本のまえがきを読んだとき、

 

心の底からぶっとんだ!!

 

そして、

この本は、絶対オモロイ!!

と確信しました。

 

もしあなたが、

まだこの本を読んでいないならば、

ぜひ読んでみてください。

 

この本を読み終わったとき、

きっとあなたが見ている風景が、

変わるだろうから。

そんな1冊です。

 

”坂口恭平”とは何者なのか?

そもそも、

この”坂口恭平”とは何者なのか?

 

本から引用してみる。

1978年、熊本生まれ。2001年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家・作家・絵描き・踊り手・歌い手。2012年5月、新政府を樹立し、初代内閣総理大臣に就任。写真集に『0円ハウス』(リトルモア)、著書に『TOKYO0円ハウス 0円生活』(河出文庫)、『隅田川のエジソン』(幻冬舎文庫)、『TOKYO一坪遺産』(春秋社)、『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(太田出版)がある。

             「独立国家のつくりかた」坂口恭平著 より引用

 なんとなく、

建築家っぽいけど・・・

 

ようわからん!

 

彼の言葉を借りてみると・・・

 

建築家といいつつも、僕はいまだに現行の日本の法律でいうところの「建築」は建てたことがない。子どものおもちゃみたいな建物はいくつか建てている。つまり、僕は日本の法律上では「建てない建築家」ともいえる。建築士の資格ももちろん持っていない。そもそも僕の仕事で必要だと感じたことがない。 

 

建築家と名乗っているのに、

建物を建てたことがない・・・。

 

やっぱり、ようわからん!

 

じゃあ、彼はこの本で

何を書いているのか?

 

ホームレスの暮らしから見つけた”常識の盲点”

 坂口さんは学生時代、

卒論のテーマを探していて、

その中で目を付けたのが、

隅田川の河川敷でみつけた

「ホームレス」の人たちだったという。

 

そう、

よく橋げたの下で

ブルーシートで簡易な家?を建て、

それで風雨をしのぎ、

暮らしている路上生活者たちである。

 

坂口さんは、

その隅田川で暮らす

ある路上生活者と話をして、

衝撃を受ける。

 

でも彼の家はとても小さい。とても人間の住む場所じゃないだろうと思えるくらい狭い。畳一枚より40センチ長いだけの空間。狭くて大変じゃないですかと聞くと、彼はこう言った。

「いや、この家は寝室にすぎないから」

 

寝室?

どういうこと?

 

いや、そこがホームレスの人たちにとっては、

家なんでしょ?と、

ここで読者である我々も引き込まれてしまう。

 

僕は意味がわからなかった。すると、彼は説明を始めた。

晴れていれば、隣の隅田公園で本を読んだり、拾ってきた中学校の音楽の教科書を見ながらギターを弾いたりできる。トイレも水道も公園にあって使い放題。風呂は1週間に一度、近くの銭湯に行く。食事はスーパーマーケットの掃除をしたついでに肉や野菜をもらえる。だから、家は寝室ぐらいの大きさで十分だー。(中略)

彼にとって、公園は居間とトイレと水場を兼ねたもの。図書館は本棚であり、スーパーは冷蔵庫みたいなもの。そして家が寝室。

それを僕は「一つ屋根の下の都市」と名付けた。家だけが居住空間なのではなく、彼が毎日を過ごす都市空間のすべてが、彼の頭の中でだけでは大きな家なのだと。

 

僕らは、

自分の家とその他の場所を

区別して考えている。

 

自分の家が、「家」。

ほかの場所は、「外」。

 

それが当たり前だと思っている。

 

だけど、

ホームレスの人には、

その区別がない。

「外」、いわゆる公共の場所も、

彼らにとっては、

「家の一部」というわけだ。

 

これ、

書いていて今、気づいたんだけど、

ミニマリストの考え方と少し近い。

 

なにか、ミニマリストがらみの本で、

冷蔵庫を持たない代わりに、

「コンビニが家の冷蔵庫」という

のを読んだなあと思って。

 

一緒の考え方ですね。

 

土地の常識の盲点を突く話

これだけではない。

坂口さんは、

この本の中で、

これまで仲良くなった、

いろんな路上生活者の暮らしを紹介している。

 

その一人に、

「多摩川の大ちゃん」という

路上生活者の話が出てくる。

 

大ちゃんの家は多摩川沿いの土手と道路の間にある。彼はずっとその土地のことが気になっていた。草が茫々と生え続けていたからである。彼は几帳面な人で、この状態がどうも落ち着かなかった。その土地はどうせ区か国のものだろう、早く誰か刈り取ればいいのに、と思っても誰も何もしない。(中略)

やがて、この土地は実は誰も所有していないのではないかといぶかしむようになった。それは隙間を見つけたというようなノリではない。むしろ捨て猫を拾う感覚だ。法務局に行って公図を取り寄せ、所有者を探した。まわりに聞き込みもした。そして、どうやらこの土地には所有者がいない、という結論にたどりついた。

 

この日本に

誰のものでもない土地がある。

 

そしてこの大ちゃんは、

この土地に住み始めたということである。

 

面白い!!

 

この本によると、

その土地は、国と自治体と近くの神社の3者で

取り合いが行われたが、

結局、決着がつかないまま放置されていたという。

 

これらの話からわかったこと

この二つの話は、

路上生活者の人たちから、

思わぬ「ものの見方」を

教えてもらったというのが、

面白いところ。

 

では、ここでいう

「ものの見方」とは何だろうか。

 

それは、

常識 = 真実 

ではない。

ということだ。

 

最初のホームレスの男性の話は、

自分の「家」を、

寝泊りする家に限定せずに、

街の空間そのものを「家」と

考えていた。

 

「多摩川の大ちゃん」の話は、

土地神話が強い日本では、

どの土地にも持ち主がいるだろう

という常識に対して、

調べてみたら、

誰も持ち主がいない土地があった、

という驚きだった。

 

僕は思うのだが、

こうした常識を破るには、

やはり行動してみないとわからない。

 

つまり、

人と違ったことをしているからこそ、

常識を破る視点、

そのヒントが得られるのである。

 

彼らは、

路上生活者だからこそ、

私たちとは違う視点に立って、

ものごとを見ることができた。

 

つまり、

世の中を変えるような、

何かをしたいのならば、

多くの人がやらないことに目をつけ、

そこで見えてくる視点を

大切にしなければならない、

ということだ。

 

うん、

なんかまとまったような気がする。

次回も続きのレビューを書きます。

 

では、またーー。

 

morinokanata.hatenablog.com

 

 

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

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