伝説の”レインボースーパーざかな”

好きな本や音楽のこと、日々の暮らしを気ままにつづる雑記ブログ。

「本の虫」ですらない・・・という現実。。

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本を読むのが好きで、仕事に持っていくカバンには何かしらの本を入れています。電車の通勤、ちょっと休憩したときのカフェでの一服。そんなときに本を開くと、ちょっと現実のことを忘れ、本の世界に没頭できる。

 

そんな瞬間が好きで、読書は僕の生活の中では”あって当たり前”のものになっています。これがなくなる、という暮らしはちょっと考えられません。

 

だけど、これまで本を読んで「何かの役にやっているのか?」というと・・・これが微妙。。。みなさん、どうなんでしょう?何かの役に立った!って瞬間ありますか?

 

もちろん実用書とか参考書とかは別です。小説とかノンフィクションとか、そっちのほうです。

 

で、正直に言うと、僕にはそうした本が人生において役に立った!という経験がほとんどありません(+_+)

 

まず仕事の中で「あの本読んでおいて劇的に助かった!」って経験はありませんし、「この小説の主人公が素晴らしい行動をとっていた」から、何かを実践するときマネしてみた。。というケースはまったくありません。

 

もしかするとビジネス書とか・・・ほかのジャンルの本もそうかもしれない。

 

そんな役に立つか立たないのかわからない本をなぜ時間をかけて読むのか?電車の中だったらスマホでゲームやったほうが楽しいんじゃない?とか。

 

もしそう聞かれたら「そりゃ、好きだからですよ・・・」とちょっと言葉を濁して説明するしかありません。そもそもそんなことを聞かれたこともありませんが・・・。

 

読書で傷つくこともある

もうちょっと言うと、本を読んで傷つくことがあります。本の中には本当に”毒書”的なかなり危険なことが書いてある本があります。

 

あまりにショッキングなことなので、読むと、正直、気持ち的に何とも言えなくなります。。。。心に痛恨の一撃を喰らいます。。。

 

例えばこの本は衝撃的でした。

 

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

 

 

2002年に北九州の小倉で起こった連続監禁殺人事件を追ったノンフィクション。サイコパスの男がある家族に行った虐待がひどすぎる・・・。

 

読んでいてあまりにきついので途中で読めなくなった。僕はわりとホラーでも何でも読めてしまうんだけど、この本はさすがに拒絶しました。これが現実に起こったことというのが。。。あまりにつらすぎる。

 

今思い返しても気分が悪くなります。

 

という具合に、時には大きな「毒」をもらうこともありますが、それでも本を読むのはやめられません。

 

この一年、読んだ本が思ったよりも少なかった

本をちゃんと読むようになったのは大学生のころから。最初はやっぱり小説からでした。そこからノンフィクションも読むようになり、最近は実用書や学術的なものも読みます。

 

僕は根っからの文系人間ですが、読書に関しては、分子生物学とか大脳生理学とか人体に関する本、理系の本が割と好きです。遺伝子とか人間の脳のこととか、文系の学問では探求できないところを掘り下げてくれるので、僕でもわかるような入門書をよく読んでいます。

 

なんだろう?”人間”に興味があるんでしょうか。

 

そういう意味では、NHKスペシャルから出ている本は面白いです。テレビの番組として取材したものをまとめているので、わかりやすい。最近読んだ中では、この本が面白かった。

 

ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか (角川文庫)

ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか (角川文庫)

 

 

 人間の起源ともなる「出アフリカ」が2回あったとか、僕的には目からウロコでした。

 

そんな風に読書好きを自認していて、このブログでも生意気に本のことをよく書かせていただいていますが、この1年は本を読むのが少なくなっていたようです。

 

この前手帳を更新した時に見返しましたが、昨年度読んだ本は62冊。。。微妙な数です。

 

読書好きの人を「本の虫」なんて言い「自分は本の虫だわー」と自虐的に思っていましたが、これぐらいだと・・・全然そんな感じではないですね。

 

何事も中途半端な人間

昔から、人に比べて特段秀でたものが何もありませんでした。

 

スポーツで優秀だったわけでもないし、勉強も大したことはありません。いまだに開成とか東大行く人の頭の構造がよくわかりません。オタク的なマニアックさもないし、好きなことは長く続けますが別にそれが特技になるほどでもない。

 

何というか何事も中途半端な人間です。好きなコトや楽しいことはいろいろありますが、どれか一つのことを突き詰めるというより、ほどよく、まんべんなく楽しむ。。そんなタイプだと最近つくづく思います。

 

昔はよく会社の人や学生時代の友達と飲みに行っていましたが、最近もうそういうのも億劫になってきました。みんなでワイワイやるよりは、一人で何かしているほうが楽しい。

 

飲みにいくのはたまーーに、がいいです。月1回も行ければ充分です。

 

枯れてきたのでしょうか?

 

でもそういうつもりはありません。まだまだいろいろとやってみたいことはあります。ただマイペースで無理のない範囲でやっていきたい、というだけです。

 

おわりに

サラリーマンをしているうちに子供が二人出来て、40歳も近づいてきて・・・。何というか、あまりに普通に年をとってきました。

 

大変なことももちろんいろいろありましたが、今思い返すと、もういい思い出となっています。不思議と。

 

自分は幸せなのだろうか?・・・よくわかりません。でも「幸せでない」ことは決してないです。じゃあ、どっちなんだ!!って感じですが、よくわかりません。

 

ここまで書いていたら、作家・井上靖氏のある言葉を思い出しました。

 

それなら幸福とは何であるか。誰も幸福の正体を見た奴はいない。幸福を追い求めているが、なかなか幸福はつかまらない。~中略~

どうやら幸福というものは、ひどく平凡なことの中にある、静かな眼、おだやかな心、健やかな体、平穏な日々、そうした状態以外の何ものでもないらしい。

幸福は求めない方がいい。求めない眼に、求めない心に、求めない体に、求めない日々に人間の幸福はあるようだ。

 

出典:「欅の木」 井上靖

 

素晴らしい文章です。

 

あ!本って役に立つじゃん(笑)

 

今日はこの言葉を自分への慰めにして寝ます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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