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伝説の”レインボースーパーざかな”

好きな本や音楽のこと、日々の暮らしを気ままにつづる雑記ブログ。

かの『プロスペクト理論』は“人間の3大欲求”にあてはまるのだろうか?

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『プロスペクト理論』という行動経済学の理論があります。

 

「人は得するより損に敏感」という庶民感覚にまさにぴったりの感覚を理論として見事に証明したものですが、この理論ってぼくたちの日常生活の割と広い範囲に応用できるんじゃないかと思ったので考えてみます。

 

まず肝心の『プロスペクト理論』のことを知っておきましょう。理論と小難しく名前がついていますが、全然、難しくありません。先日、この理論を提唱したダニエル・カーネマンさんの『ファスト&スロー』という本を紹介しましたが、この本でその特徴について述べているところを引用すると・・・

 

「・第二の特徴は、感応的逓減性である。この法則は、純粋な感覚だけでなく富の変化の評価にも当てはまる。暗い部屋ならかすかなランプをともしただけでも大きな効果があるが、煌々と照明の輝く部屋ではランプが一つ増えたぐらいでは感知できない。同様に、100ドルが200ドルに増えればありがたみは大きいが、900ドルが1000ドルに増えてもそこまでのありがたみは感じられない。

 

・第三の特徴は、損失回避性である。損失と利得を直接比較した場合でも、確率で重みをつけた場合でも、損失は利得より強く感じられる。プラスの期待や経験とマイナスのそれとの間のこうした非対称性は、進化の歴史に由来するものと考えられる。好機よりも脅威に対してすばやく対応する生命体のほうが、生存や再生産の可能性が高まるからだ。」

 

出典:「ファスト&スロー 下巻」 ダニエル・カーネマン

 

思い切って要約してしまうと・・・

 

特徴①:人は同じ1万円が増えるにしても、「100万円が101万円になったとき」よりも「1万円が2万円に増えた」ときのほうに喜びを感じる。お金が減る場合も同じ

 

特徴②:「100万円もらえたとき」と「100万円失ったとき」を比べると、人は「損失」のほうをより強く感じる。「得」よりも「損」に人間は敏感。

 

こういうことかと。そこでこの図です。プロスペクト理論を図式化したものです。

 

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 出典:『ファスト&スロー 下巻』 ダニエル・カーネマン

 

このグラフは横軸がお金を得たときと失ったとき。縦軸がそのときの心理的価値を示しています。グラフの曲線に注目してください。お金を得たときのほうを見ると、最初にグイーーんと曲線が伸び、少しずつそのカーブがゆるやかになっていきます。そしてお金が減ったときも同じです。最初にギュンと下がり、その先はゆるやかに下がっていきます。

 

これが特徴①を表しています。どういうことか?人は「100万円が101万円になったとき」よりも「1万円が2万円に増えた」ときのほうに喜びを感じるということを示しています。逆にお金が減ったときもそうです。100万円が99万円になったときよりも、2万円が1万円に減ったときのほうにより損失を感じるというものです。

 

どうですか?みなさんの実感に近くないですか?

 

さらに、もう一つ。お金を得たときとお金を失ったときの最初の両曲線の角度を見ると、お金を失ったときのほうがより急こう配ではないですか?

 

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これが特徴②の「人は得よりも損に敏感」というものです。確かにそうですよね。人はなぜか損をすることをものすごく嫌います。

 

この『プロスペクト理論』は合理的な選択をするはずだという人の認識が「実はそうでもなかったよ」と気づかせてくれる画期的な理論です。これを提唱したダニエル・カーネマンさんはノーベル経済学賞を受賞されています。

 

人の3つの欲求をもとに考えてみた。

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ここから先は妄想思考実験なので、内容がくだらないですがお許しください。

 

人の3大欲求といえば「食欲」「睡眠欲」「性欲」です。

 

僕らの日常をちょっと思い返してみてください。仮に今日のおかずがちょっと豪華で一品増えようが、もしくは奥さんがちょっと手抜きをして一品減りようがそこまで喜んだり怒ったりはしないでしょう。

 

でも、今度は逆に飢餓状態にあるときを想像してみてください。目の前に食べ物があったら「ひょーーー」と真っ先に飛びつきますよね。それで食材をゲットできたらめちゃくちゃ嬉しいし、逆に取り上げられたときの失望感たるや・・・半端ないです。

 

これは先の特徴①にあてはまります。

 

そして、この飢餓状態の時、得られたときの喜びよりもそれが得られなかったときの失望感のほうが大きい気がする。。

 

②の特徴にあてはまりますね。

 

これ、もうちょっと別の観点から考えてみるとこういうこともあると思います。たとえば毎日の食事がフランス料理だったらどうですか?飽きてしまって喜びが少なくなりませんか?美味しく彩ったものだって、毎日食べれば人間飽きてしまうから不思議なものです。

 

でもいつもはご飯に味噌汁、おかずで・・・なんて人が、たまにオシャレな3つ星のレストランに行って高級な料理を食べると「めっちゃいいわあー」ってなりませんか?

 

この辺も①の特徴にあてはまると思いませんか。

 

「睡眠欲」も同じです。充分に睡眠が足りているとき、もっと言うと暇すぎて寝すぎの状態が続いたときは、人間、あまり寝たくなくなります。寝るのすら辛くなります。それよりは起きていていろんな活動をしたいですよね。。

 

そして今度は逆に寝れないときの損失感を考えてみてください・・・

 

仕事で追い込まれて、今日もしかしたら帰れずに徹夜で仕事するしかない・・・って言ったときのものすごい喪失感。これはふだん寝てえられる喜びをはるかに凌駕している。ってことは特徴の②にもあてはまります。

 

じゃあ最後「性欲」はどうなのか?たとえばーーの話ですが、毎日違う女の子とセックスできるすごいうらやましい人間と、数年、彼女もいなくセックスする機会がなかった人間が超久しぶりにセックス出来るとき、どっちが喜びが大きいか?

 

そりゃ、当然久しぶりにセックスするほうだ!!

 

次。彼女と別れたばっかりでセックスをしていない日が1年続くのと、4年セックスできていない男が5年セックスできない状態になるのとでは、どっちが辛いか?

 

うーーん、、難しい。

 

だが意外と前者のほうかもしれない。。。

 

なんか性欲って、ずーーっとしない生活になると意外に平気になってきませんか?(僕だけかな?)なんか適度にムラムラしているとなかなか辛いんですが、もうずーーっとそういうのがないと、なんか当たり前になってきて別に辛さも感じないというか。

 

うーーん、でもこればっかりはおじいちゃんになったときとか、思春期の少年とか年齢のこともあるので、一概には言えないなーー。

 

特徴②のほうはどうだろうか?超好みの女の子とヤレる、ヤレない、となったとき、セックスできたほうの喜びが大きいか?ダメだったときの損失感のほうが大きいか?これは損失感のほうが大きくないっすか??いや、大きい。絶対大きい。

 

とはいえ、なかなか当てはまらないこともある

ここまで見てくると、人の3大欲求は『プロスペクト理論』の曲線にマッチすると思っていたのですが、一つ難題が。

 

損失の逓減性というのがどうも当てははまらない気がします。

 

さっきの食欲でいうと、飢餓感がずっと続いた状態のことをを考えてみてください。たとえば1日絶食して2日目を迎えた場合の辛さと、4日絶食して5日目を迎えた場合の辛さ、どっちがきついでしょうか?

 

プロスペクト理論に当てはめると、1日目から2日目は損失の価値観がどーーんと急降下します。これはわかる。だけど、4日絶食して5日目を迎えた場合、その損失感がゆるやかになるかっていうと・・・

 

たぶんならないよー。

 

5日絶食したほうが絶対つらいよね♪

 

そして睡眠欲もしかり。

 

たとえば徹夜が連日連夜続いたとき・・・どうなるか?いやあ、1徹は耐えられたとしても2徹目は不可能。3徹は・・・人間の限界を超えるんじゃないでしょうか?もうこれは一刻も早く家に帰って寝たいですよねーー。

 

僕は昔、仕事で2徹ぐらいしたことありますが、このときはもうさすがに仕事しながら寝ていました・・・。ということで、寝る機会の損失ということでいうと、これはグラフの棒はゆるやかになんかならず正比例してまっさかさま。。

 

『プロスペクト理論』、意外と人間の3大欲求もイケるか!と思いましたが、部分的にしかあてはまりません。

 

それで?と言われると困るのですが・・・。

 

人が「得」より「損」に敏感なのはなぜか??

いろいろ考えてみましたが、そもそもなぜ人は「得」より「損」なことに敏感なのでしょうか?『ファスト&スロー』の著者、ダニエル・カーネマン氏はこう指摘しています。

 

いわく「大昔、人間が他の動物や環境の生存競争の中で生きていくためには、得なことよりも損なことに敏感にならないと、生きていけなかったからだ」と。

 

つまり、いろんな猛獣やらほかの敵と共存していた時代、人は得られる報酬(肉とか木の実とかの収穫物)よりも被る損失(襲われて死ぬ)により注意を払わないと生きていけなかったということですね。

 

その生存本能の遺伝子が組み込まれているから、というような説明だった気がするのですが、これは学問的な裏付けはなく、カーネマン氏もあくまで推量という意味合いで言及していたので話半分に受け取っておいたほうがいいかと。

 

ただその原因が何であるにせよ、人間は「損するコト」が嫌いなのです。で、これはお金だけじゃありません。何にせよほかの人と比べて『自分が損してる』ことにとっても敏感な動物です。

 

ある意味、きわめて利己的でありますが、もうこれはしょうがないですね。遺伝子に組み込まれているのだとしたら・・・

 

まとめ

自分のことを「何とちっちゃい人間なんだろう」と思い悩んだことはこれまで幾千万回あった記憶があるけど、人がそもそも「損するコト」が嫌いなものである、という仮定にたつならばこれはもうしょうがないと割り切れちゃいます。

 

まとめますと・・・

 

●同じ1万円がもらえる場合、100万円ある時より1万円の時もらえるほうがウレシイ。

●人は金銭的には「得」より「損」に敏感

●『プロスペクト理論』は人の3大欲求にちょっとあてはまる!?

●敵から身を守るため、人には『損する』ことを敏感に感じる力が備わっている?

 

最後の二つはホントかどうかわかりませんが、お許しください。

 

『プロスペクト理論』を提唱されたダニエル・カーネマン氏の『ファスト&スロー』に関してはこちらで本のレビューをしています。

↓ 

morinokanata.hatenablog.com

 

今日はこのへんでおしまいです。

最後までお読みいただきありがとうございました。