伝説の”レインボースーパーざかな”

好きな本や音楽のこと、日々の暮らしを気ままにつづる雑記ブログ。

猫の肉球と僕の18年

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僕、森野は昔、猫を飼っていた。

 

その猫・シロは僕がこれまでに飼ってきた唯一のペットなんだけど、その猫のことをときどき折に触れて思い出す。

シロはメスの比較的小柄な猫だった。白い毛並みなんだけど、うすーーく茶色がかかっている。ふつうの雑種の猫だ。

 

 

猫のたたずまい、

 

を見るのが楽しかった。

 

普段はツンとしているんだけど、本当は甘えたいところもあったりして。

 

寝ている姿はとても無防備で、僕はいつもその猫の寝ているところに行って、肉球を触って遊んでいた。

 

肉球を触ると、爪がぴょっと出たり。

 

そのにおいをかいでみたり。(もちろん、臭い。)

 

雨が降って外に出ていないときのシロの肉球が、ピンク色でかわいかったり。

 

ちょっとその猫のことを思い出したので、断片的に思いついたまま書いてみようと思う。(基本、猫の思い出話なので、以降読まれる方はご容赦を。)

 

猫はツンデレ、でも意外と人懐っこいところも・・・

犬に比べると猫はあまり人に懐かない。

そんなイメージを多くの人は抱いているだろう。

 

それは、たぶん・・・

 

当たっている。そのとおり。

 

僕の飼っていたシロは、まさにそんな猫だった。

 

腕に抱いても、つまらなそう。一応抱かせてはくれるのだけど、ものすごい嫌嫌な感じが猫なのに伝わってきて、しばらく抱っこしていると、もぞもぞ、もぞもぞ・・・。

 

嫌がってどこかに行ってしまう。

 

こっちが遊んであげようと思っても、そもそもシロ的には人間となんか遊びたくもないようで・・・。寄って行っても、ぷいとどこかに行ってしまう。

 

でも、冬の寒い日。僕が夜寝ていると「トコトコ」と布団にやってきて、「にゃー」と鳴く。そして、「もぞもぞ」と布団の中に強引に入ってきて眠りだす。で、しばらくすると布団のあったかさで熱くなるらしく、結局は布団から出ていて、掛布団の上に勝手に乗っかって眠る。

 

勝手気まま・・・

 

シロはそんな、猫らしい、マイペースを地でいく猫だった。

 

だけど。今でもよく思い出すことがある。

 

僕がちょうどタバコを吸い始めたころ。

親の前で吸うとごちゃごちゃ言われるのがうっとうしかったころなので、僕はその当時、タバコを吸いたくなったら、家から2・3分のところにある公園まで歩いて行って吸うのが習慣になっていた。

 

夜、いつものようにタバコを吸おうと思ったら・・・

 

家の前で遊んでいるシロがいた。

 

目があった。

 

シロに一声かけて、そのまま公園に行こうとしたら、

 

ふつうについてきた。

 

まるで「あんたの散歩に付き合うよ」みたいな感じで。

 

でも、一緒に横並びには歩かない、のが猫らしい。

後ろから何となくついてくる感じ。

 

僕が立ち止まって後ろを振り向くと、

シロもなぜか止まって、あたりを見回す。

 

うちの猫の感じからすると、まずそんなことはしない猫なんだけど。この日は、なぜか不思議にずっとついてきて、結局公園まで一緒に行った。

 

タバコを吸っている間、シロは普通に草むらで駆け回り、虫を追っかけまわしていた。

 

そして帰ろうとシロに声をかけたら・・・

 

また一緒についてきて、

家まで一緒に歩いて帰った。

 

たったこれだけのなんということない光景なのだけど、僕の中では、あのときの映像が今も鮮明に思い出せる。もう10年以上も前の話だ。

 

シロは公園に捨てられていた猫だった

このシロは捨て猫だった。

 

僕が小学4・5年生のころ、公園で友達と遊んでいたある日のこと。公園の隅のちょっと目立っていた真新しい段ボールに4・5匹の子猫と共にシロはいた。

 

僕たちは段ボールのいわゆる「捨て猫」を見たのは初めてだったから、とてもびっくりして。でも、その中の猫たちはとても自然の中では生きることができないぐらい弱弱しかった。というか、たぶん生まれてからそれほど日もたっていない。本当に小さかったから。放っておいたら、ほぼ間違いなく死んでいただろう。

 

友達と「どうする?どうする?」とひとしきり騒いだ。

 

結局、夕方暗くなったころ、友達と一緒にうちに帰り、

母親に事情を説明した。

 

そして、

僕はこの中の一匹を絶対うちで引き取る!

と母親に主張した。

 

母親は当然、反対。

 

「だれが面倒みるの!結局、あんたは途中で面倒くさくなって、

私が面倒みることになるんだから。絶対、ダメ!!」

 

でも、僕もそこで引き下がれなくて。

 

「いや、僕が絶対、絶対、面倒みるから。頼むから、この1匹だけ飼わせて。お願い!」

 

と1・2時間すったもんだやったあげく、

ようやく許しを得たのが、シロだった。

 

そして、ほかの猫たちも無事、ぼくの同級生の家に引き取られ、いろんな人の手にわたっていった。

 

でも、うちのシロに関しては・・・

 

後に、母親の言っていたことがやっぱり正しかったんだけど。

(ネコノメンドウハ、ハハマカセ)

 

心がもやもやするとき、猫がそばにいたこと

小学校も卒業し、中学に入ると僕の生活は、ちょっとずつ荒れていった。学校も単に適当に勉強をやった後は、友達と思う存分遊んで・・・という場所ではなくなっていた。

 

うちの学校は、勉強をする子としない子の2極化がけっこう激しく、学力は完全に2分されていた。なので、勉強しない奴の中には、いじめをしたりどんどんヤンキー化していった奴もいて、みるみるうちに学年が荒れていった。でも、一方で真剣に部活をやっているやつやすごい勉強ができるやつもいたりして。

僕はそのどちらにも属せず、宙ぶらりん。

でも、たまにヤンキーの嫌なやつから、こづかれたり。

 

いわゆる思春期だったんだけど、

そんな学校で嫌なことがあったとき、

なんとなくシロの肉球を触って遊んでいたことを思いだす。

 

猫はあんまり肉球を触られるのが嫌みたいなんだけど、

一緒に寝転がって、猫の手とか脚とかで遊んでいると、

 

不思議と気持ちは落ち着いた。

 

 そのころは、ちょっとしたことでもすぐにイライラしていた。

自分でもその気持ちをどうしたらよいのかわからなくて、何をするにも持て余していた感じだったんだけど、そんなときに心を落ち着かせてくれたのは、友達でも女の子でもなく、不思議と一匹の猫だった。

 

シロがいてもいなくても、たぶん僕は成長し大人へとなっていったんだろうけど、あの時期に1匹の猫と過ごしたちょっとした時間というのは、今でも僕の心の中に思い出として残っている。なぜ、そんなことを憶えているのだろうか。

 

 シロは18歳で大往生

その後僕は大学を卒業し、社会人になったタイミングで家を出た。シロはもうそのころは15歳近く。人間でいったら、たぶん80歳ぐらいの高齢猫になっていた。運動能力もだいぶ落ちてきて、あまり外に行って遊ぶことも少なくなっていた。

 

僕はとにかく最初の数年は、自分の仕事のことしか考えられないぐらい必死だった。仕事に。なので、実家とも自然と疎遠。シロのことを考える余裕はなくなっていた。

 

そんなあるとき、母親から電話がかかってきて、

 

シロが亡くなったことを伝えられた。

 

18歳だった。

 

シロはこの世界で18年生きた。

 

捨て猫からうちに拾われて思いのほか長生きしてくれたけど、彼女の人生、じゃなくて猫生はどうだったのだろう。と、今もふと思うことがある。

 

猫的には、自分の生活が幸せかどうかなんて考えていないだろう。

 

でも、僕はこのブログを始めたとき、なんかふいにシロのことを思い出して、自分のブログマスコットに白い猫を使いたいと思った。

 

一応、ブログのキャラにもそんな僕なりの意味というか、思いがあってそうさせてもらっています。

 

今日はこれでおしまい。

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